


井口淳子(著/文)
ISBN 978-4-909992-01-7
A5変型判 224頁
発行 灯光舎 2021年10月
中国の北方では、人々は別れの時に、手作りの水餃子を囲んでその別れを惜しむという。
自身の研究分野を「民族音楽学」に決めた著者が選んだ調査地は中国の農村。1988年、文化大革命後に「改革開放」へと舵をきった中国で、右も左もわからぬまま「研究」への情熱と未知なる大地へのあこがれだけで、彼女のフィールド調査がはじまった。
中国の都市や農村での調査をきっかけにさまざまな出会いがあった。「怖いものはない」という皮肉屋の作家、強烈な個性で周囲の人々を魅了し野望を果たす劇団座長、黄土高原につかの間の悦楽をもたらす盲目の芸人たち……「親切な人」とか「ずる賢い人」といった一言では表現できない、あまりにも人間臭い人々がここにはいる。それぞれの物語で描かれている風土と生命力あふれる登場人物に心うごかされ、人の心のありようについて考えてみたくなる。
1988年以降の中国という大きな舞台を駆け巡った数十年間には無数の出会いと別れがあった。その中から生まれた14の物語をつづったエッセイを、40以上のイラストとともにお届けする。
イラスト:佐々木 優(イラストレーター)
目次
はじめに
序 まだはじまっていないころのお話
Ⅰ 河北省編
第一章 老師的恋
第二章 北京の女人
第三章 ゆりかごの村
第四章 占いか、はたまた芸人か
Ⅱ 黄土高原編
第五章 雨乞いの夏
第六章 村の女たち、男たち
第七章 黄河治水局のおじさん
第八章 尿盆(ニァオペン)
第九章 人生も戯のごとく
Ⅲ 番外編
第一〇章 頑固じいさんと影絵芝居
第一一章 かくも長き一八年
第一二章 パリの台湾人
第一三章 想家(シァンジァー)
第一四章 人を信じよ!
あとがき
参考文献
版元から一言
この書籍は、中国の食べ物や黄土高原の窰洞(ヤオトン)などの風土、そして研究の対象となった語り物芸能などの描写も見どころですが、特に描かれているものは、「人」そのものです。素朴で、何気ない物語のなかの人物たちは「○○な人」という言葉で表現できない人間臭い、癖のある、生命力に満ちた中国や台湾の人々。著者・井口さんと飾り気のない登場人物との交流からうまれる互いの喜怒哀楽が真っ正直に描かれています。
皮肉屋でも、どこか憎めない魅力をもつ楽亭県の作家、優雅な立ち振る舞いで回りを魅了し、うまくその人達を利用する劇団座長や、黄土高原に住むおだやかな盲目の音楽家などの姿を見ていると、人の心のありようについて考えてみたくなる気がします。
そして、今回はイラストレーター・佐々木優さんの40もの筆力ある線画がこの物語に彩りを与えてくれました。さまざまな風景や人物の表情などが豊かに描かれています。
あとがきには「読者が、中国を自分の眼で見てみようというきっかけになれば…」と記されています。物語の光景を頭に描きながら原稿を読んでいて、ふと我にかえると、違う国を訪れること、人々とふれあうことが「いまはそう簡単にできることじゃないな」と感じます。
国を越えるのにも、人々が互いに顔を突き合わせて話すことも、なかなか難しい状況がずっと続いています。物語の中で描かれた何気ない人と人の会話に、改めて「いま」を思いました。井口さんの体験と想いのつまった出会いと別れの14章はみなさんの心に何を残すのでしょうか。
もともとは「民族音楽学」の研究調査がきっかけで生まれた本ですが、決して専門的な書籍ではなく、エッセイであり人を描いた「文学」でもあると思います。多くの方々に手に取っていただければ幸いです。
著者プロフィール
井口 淳子 (イグチ・ジュンコ) (著/文)
専門は音楽学、民族音楽学。大阪音楽大学音楽学部教授。大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得、文学博士。主な研究テーマは中国の音楽・芸能、近代アジアの洋楽受容。
主な著書に『亡命者たちの上海楽壇 ― 租界の音楽とバレエ』(2019年、音楽之友社)。『中国北方農村の口承文化―語り物の書・テキスト・パフォーマンス』(1999年、風響社)など。